God Bless You!主の素晴らしい聖徒の皆様!
過去数週間「クリスチャン」から来る批判や、裁き、悪口を見たり聞いたりすることにより、心が重くなっていました。私たちは「この人がこう言っていることは聖書的ではない」と、聖書から指摘してくださる兄弟姉妹たちのことを、心から感謝しています。彼らは、私たちの働きがずれないように「Watch」してくださるウォッチマンだからです。
でも「異端・カルト・偽預言者・偽教師」と言い放ち、全ての働きをも否定して拒絶する時、それはたちまち「裁き・批判」になってしまいます。たった一本のビデオのたった一部の言葉を自分が受け入れられないからと言って、「 異端・カルト・偽預言者・偽教師 」と決めつけていいのでしょうか?確かに吟味しなければなりません。でもすぐにレッテルを張るのはいけないと思います。
イエスは「わたしに反対しない者は見方だ」と教えています。
「 ある時、弟子のヨハネがイエスに言いました。『先生。あなたのお名前を使って悪霊を追い出している人を見かけました。でも、私たちの仲間ではなかったので、すぐにやめさせました。』するとイエスは言われました。『やめさせることはありません。わたしの名によって奇跡を行いながら、そのすぐあとで、わたしに逆らう者はいないのですから。 わたしたちに反対しない者は、味方なのです』」ヨハネ9:28-40
またパウロは偽預言者の見分け方を教えています。
「愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい」第一ヨハネ四章一~二節
また、すべてのことを実を見て判断していく必要があります。イエスは言いました。
「木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければ、その実も悪いとせよ。木はその実でわかるからである」(マタイ12章33節)
救いは起きているだろうか?
御国は前進しているだろうか?
ミニストリーを通して人が励ましを受け、建て上げられているだろうか?などです。
悪魔が働いているなら、人々の救いを起こすことは有り得ません。
これらキリストの身体の分裂について悲しみ、夫と祈っていた時、主が夫に与えた幻がありました。
「農夫たちが種まきを一生懸命していました。水をやり、雑草をとり、害虫や動物・天災などからも守り、一生懸命育てました。ある種は芽を出し、実を鳴らせましたが、ある種は育ちませんでした。しかし収穫の時には、農夫たちは豊かな実を喜びました。彼らは、芽の出なかった種に目を向けて悲しまなかったのです」
この幻を聞いた時、農夫が喜び踊る姿が私にも見えるようでした。
また、私の中にある悲しみを、ある牧師先生に分かち合ったところ、このようなお返事をいただきました。
「(批判されていることについて)特に論争したり、擁護したりする必要はなく、優れた実をとことん表し続けることが大事だと思います。」
私の魂は、この農夫の「喜ぶ姿」と、先生のおっしゃる「優れた実」という言葉に深く共鳴していました。
詩篇126:5-6
『涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。』

主よ、これからも私たちが喜び叫びながら刈り取ることだけに目を留められるように助けて下さい!
出ない芽や否定的なことに目を留めるのではなくて、主の証人として、優れた実を表し続けることができるように助けて下さい。イエスキリストの類なき御名によってお祈りします。アーメン!
いつもお祈りとサポートを心から感謝しています。
私たちも「(皆さんが)キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、 人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、 そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」(エフェソの信徒への手紙3章18-19節)
とお祈りしています。
議論が起きやすい「預言」についても次回書いてみようと思っています。
In Christ
リーハイバレー・ジャパニーズ・ミニストリーズ